初めて目にした臼杵の町は、とても不思議な感じがした。人口は四万人足らず、豊後水道に面したリアス式海岸の一角に位置し、三方を鎮南山、姫岳、縦木山といった山々に囲まれている。市内には、臼杵川、江川、末広川が流れ、とうとうと臼杵湾にそそぐ。湾内には、津久見島、黒島などの島々が浮かび、美しい海岸風景を随所に見せている。東京から二一○○キロメートル以上離れているから、都ぴた町なのかと田心いきや、大友宗麟築城の丹生島城に守られた城下町は、古くから南蛮貿易で栄え、現在も、味噌や醤油の醸造が盛んで、産業にも活気がある。昔の面影を残す寺院や民家の数多く残る町並み、重要文化財にも指定されている臼杵磨崖仏などの史跡とは、正反対にも思えるエネルギッシュな人々の活動。静と動とが居合わせた入り江の小さな城下町。そこには、都会の雑踏になれてしまった、よりどころのない心を、優しく包み込むような安堵感があった。長い歴史の中で洗練きれた重厚で伝統ある町並みに、現代建築をどう融合きせたらいいのか……。感動の後には武者震いがやってきた。■町並みにあうモダンで合理的なデザインを。幸い小手川氏の敷地は、町からやや離れた小高い丘の上にあった。ここなら、町並みを離れ、ある程度は独自なデザインが可能である。私は、ほっと胸をなで下ろしたが、それでもデザインや素材選びには、慎重にならざるを得ないと実感していた。というのも、町の人々の視線を痛いほどに感じていたからである。
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