それに私は、今でこそ髭で隠されているが、もともと童顔なほうである。きっと、日本の大使館員の息子か何かと間違えているんだと、気を取り直して名前を聞けば、その人は、時事通信社モスクワ特派員の原子林二郎だと名乗るではないか。ソ連関係の新聞記事には、よく目を通していた私だから、その名前には記憶があった。「朝日新聞」などの一面に、よく名があった特派員で、有名な敏腕記者である。何でも、毎朝モスクワホテルにお茶を飲みに来ているのだそうだ。この人に頼んだら、モスクワ大学に渡りをつけてくれるかも知れない。私は思い切って、日本からモスクワ大学の建築学科に留学したいと思ってきた学生であること、もし、留学が叶えば亡命する気でいること、しかし、何度かモスクワ大学に行ったが、ほとんど門前払いを食らっているというようなことを一気にまくし立てた。ところが原子氏には、突然、小さな身体のどこから出るのかと思うほどの大声で「帰れっ!このバカもの!」と怒鳴られてしまった。それでも、ここで食い下がらなければ、夢が叶うはずがない。ロシア語を半年ぐらい勉強するところからスタートしてもいい、なにか方法はないだろうかと粘った。すると、原子氏は、「カネはあるか?」と聞く。「少しなら」と言うと、「わかった。じゃあ、いまからホテルを出て地下鉄に乗ってこい。地下鉄の駅へ行ったら、トイレを見てくるんだぞ。
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