ちょっとややこしい話だが、実は、私には親と呼べる人間が四人いた。私の母は、天野家の一人娘に生まれ、長じて私の実父・伊与田姓のもとに嫁いだ。ところが、それで困るのは天野家側である。一人娘を嫁に取られては家が絶えてしまう。そこで、伊与田家の次男に生まれた私を、養子として戻したというわけである。だから私にとっては、祖父母が養父母なのであった。大学に呼び出されるとすれば、それは、いわばおじいちゃん、おばあちゃんなのである。いくら私でも、さすがに高齢の養父母に詫びを入れさせるというのは気が引けた。そんな苦労はかけられない。まして伊与田家側の父母にも頼みたくない。「もういいです」。追いつめられた私は、我慢できなくなって立ち上がってしまった。進級に必要な単位は取れている。なのに何だ、こっちの方からお断りだ。あんまり勢い込んで立ち上がったものだから、足がテーブルに引っかかってひっくり返しそうになった。テーブルの上には、いまはあまりお目にかからなくなった、あのクリスタルの大きな灰皿がおいてあったのだが(しかも中には、たばこの火を素早く消すためか何か知らないが、茶色く濁った水が入っていた)、この灰皿が、ズズーッと滑って、学生部長の膝の上にバシャッとぶちまけられたのである。「……どうもすいません」、一応謝るには謝ったが、そのまま「失礼っ」と言って、部屋を出てしまった。それで終りであった。若いというのは恐ろしいもの。
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